環境

前回の記事のつづき


僕たちはどうやって世界を共有しているのか

そんなことを書いてみたい


まず押さえておきたいのは

僕たち、わたしたちという感覚のなかで



そして


あなた


そして


僕とあなた以外のすべて


この3つの要素に分けてみる



ほんとは世界や僕やあなたは

ないようであるし

あるようでないようなもの


なんだってかまわない


だから

共有できる世界があるというスタンスに立ってみてる




ちょっとこの映像を見て欲しい

僕たちが共有している環境は

このサンドアートの


砂とキャンバスと照明


みたいなもんだと思ってる


この世界を表現するために

最低限必要な要素のことだと思ってる


その環境要素には

物理法則のような

ある一定の振る舞いが備わっていて

僕たちはそれ(要素とその振る舞い)を共有している


あなたや僕が色々考えたり

思ったりしているのは

要素同士の反応により描き出されたイメージが

自我を持っているようなこと


あ、そうだ!


僕にとってあなたの範囲はたぶん広くて


物理的に認識できる
自分以外のものはすべて
あなた


だと思ってる


そして

僕もあなたも環境要素でできていて

その環境を共有している


この世界はRPGで
そのゲームの構想やプログラミングは自分でして
そのRPGの全キャラクター
星や太陽や月や海、大地、樹々、様々な動物や昆虫、微生物などとして
その世界を

同時並行的に
バーチャルに体験している


共有する環境は

構想〜プログラミング段階で
みずから用意している
だから、僕たちはこの世界を共有できている


自作自演した映画を自分で鑑賞しているような状態


その物語は環境要素にあらかじめ設定してある条件が

互いに複合的に反応し

できごとは
千変万化するようになっている


だけれども

必ずよくなるようになっている


よくなるというシナリオはあるけれど

そのストーリーの中には自由があるから

さらにできごとの変化の振り幅は大きくなる


だけれども

必ずよくなるようになっている


これがおもしろさが増す要因なのではないかと僕は思う



つづく

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