で、どうする? 2

 

ゆめか

うつつか

まぼろしか

ここ

千葉県にある「濃溝の滝」だそうです


この写真に引力があるわけじゃなく

その場所に引力があるわけじゃなく

この写真を見た誰かは

自分が自分に影響力を発揮して

ここへ行くのだとぼくは思うわけです


だから


この写真を見て(その影響で)そこへ行きたくなった


とか


行ってきた


とか


魅力的〜


って感想があると思うんですけど


ぼくは

そんな感想があるだろうなと想像しながら

ぼくにとって


ゆめと

うつつと

まぼろしって


なんじゃらほい?


って問うのです




自分の思いのしくみも知りたい

しくみフェチ りょうすけ です☆




前回


行き着くところは、戦争


ってことを書きました

なんでそうかの説明はしょってます


それはね

これまで

詳しく追加の説明を

たくさんしてきて

もう

飽きちゃったからなんです


だってね

ぼくはこの話を

誰かに

理解させたいわけじゃないし

理解してもらいたいわけでもなく

自分が理解してることを

表現したいだけ

だから

誰かにとっての

この話に関連してそうな他の話の穴を埋めるような質問や疑問に応じることからは

逃げる


そういうことです


だったらなんでネットに出すんだ


って声が聞こえそうなので

ぼく親切なんで書いておきますが


ここは便所で

出すのはうんこ


これはうんこです



いのちの世界では

ぼくのうんこが

誰かのごはん

どうぞお召し上がり下さい

なんです


出さずに持ってるのは

貧しいわけです

ぼくは豊かなので

出すわけです




さて


自分が大切だと思うことを守る


いのちの世界では

このスタンスは

めちゃめちゃ厄介なわけです


守ってるのは

自分の思いであって

他の何かじゃないのに

まるで

他の何かを守ってる気がしちゃう


錯覚とか妄想とか幻想ってやつです


誰かに対しても

自分に対しても



でもまぁ

いのちの世界はそういうの使ってないし

自由なので

そういうのよく分からないし

知ったこっちゃないでしょう



人の世界でも

そのドラマの出演者にとっては

人物設定として活用するでしょう


だけれど


たとえばぼくはね

そのドラマに出演したくないわけです

ギャラの良いエキストラでも

出たくないんです


なので


農薬を使いたい人と話をするときは


農薬使うことで手に入る

不安感の軽減


に寄り添って話を聞き

農薬を使いたくない人と話すときは


農薬を使わないことで手に入る
不安感の軽減


に寄り添って話を聞く

のらりくらりな感じなのです


もしも

あなたはどうなんだと聞かれたら



もっと関心を持ってみようかと思います



といって逃げるように

しよっかな



実は

昔は

いちいちまじめに

自分の意見を答えてたんですね


飽きちゃった


そんでもって

上の逃げ口上を思いついた

ところが

飽きちゃった頃から


農薬使いたい人からも

農薬使いたくない人からも


であなたはどなの?


って聞かれなくなったので

使うチャンスが来てないです

そんなもんです


ではまた!

Universe Tribe

ひとつながりのわたしたち

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